京葉線情報局

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路線概要

東京~蘇我間を結ぶ43.0kmに、市川塩浜~西船橋間を結ぶ高谷支線5.9kmと西船橋~南船橋間を結ぶ二俣支線5.4kmの3路線を含めた路線(ただし、『鉄道要覧』では西船橋~蘇我間の22.4km、東京~南船橋間の26.0km、市川塩浜~西船橋間の5.9kmの路線とされている)で、混雑が顕著となっていた総武線、地下鉄東西線などのバイパス的な役割を果たした首都圏の通勤・通学路線である。その一方で、沿線に日本最大のテーマパーク「東京ディズニーリゾート」や、大規模なショッピングモール「ららぽーと」や、東京モーターショウなどのイベント時に会場として使用されることが多い「幕張メッセ」や千葉ロッテマリーンズの本拠地「千葉マリンスタジアム」などといった多彩な観光地や商業施設などが多いことから、これらへのアクセスに用いられる観光路線としての性格もうかがうことができる。

また1991年の「成田エクスプレス」運行開始に伴って、線路容量が不足した総武快速線からの直通列車の補完をおこなうべく、京葉線からの直通列車も朝夕を中心に設定されていることも特筆できる。この房総方面へ直通する列車は内房線・上総湊駅や外房線・勝浦駅、東金線・成東駅まで乗り入れる列車があり、また房総方面への特急列車もこの路線を経由していることから、房総方面への重要なアクセス路線としても位置づけられる。

歴史

1971年6月19日
当初、川崎市塩浜~品川埠頭~西船橋~蘇我間を結ぶ、約105kmに及ぶ臨海貨物線として計画される。それに先駆け、西船橋~蘇我間の敷設免許を取得。遅れること1974年3月20日に品川埠頭~西船橋間の敷設免許を取得する。
1975年5月10日
千葉貨物ターミナル~蘇我間が貨物線として開業する。
なお、都川信号場(千葉みなと~蘇我の間に見られる線路跡がそれ)~蘇我間は現行の線路を使用して運行が開始されたのではなく、当時は川崎製鉄の専用線を借用していた(なお、1986年1月21日に借用運転が解消され、現在使われている路線へと移行すると同時に、都川信号所は廃止される)。
1978年9月
京葉線沿線が東京湾ウォーターフロント計画区域となり、敷設免許取得区間の一部である西船橋~蘇我間が、その後1983年7月には、残りの品川埠頭~西船橋間も旅客輸送が当初の計画に加えられることとなった。
1986年3月 3日
西船橋~南船橋~(千葉貨物ターミナル)~千葉みなと(当時は千葉港)間が旅客線として開業する。
開業当初は西船橋が拠点となっており、京浜東北線から転入してきた103系が充当されていた。また利用者が少なかったためか、日中は4両編成や6両編成の旅客列車しか走っていなかったようである。
なお、千葉港~蘇我間は主に回送列車などを走らせる非旅客区間であった。
1988年12月 1日
新木場~南船橋間と市川塩浜~西船橋間が延伸開業し、千葉みなと~蘇我間の旅客営業を開始する。これにより拠点が西船橋から新木場へと移った。現在も残っている新木場駅手前の両渡り式ポイントレールや場内信号機、上り線蘇我寄りに介在する出発信号機はその時代を象徴する名残である。
なお、この頃から武蔵野線と現行同様「片乗り入れ」という形で直通運転を開始する。また、この武蔵野線直通列車は葛西臨海公園を通過するダイヤが組まれていた。
全線開業時に新製導入された205系
▲全線開業時に新製導入された205系
1990年3月10日
東京~新木場間が延伸開業し、全線開業となる。現在日常的に使用されている東京駅地下ホームは成田新幹線構想時に建設済みであった基盤を使用、残る東京~潮見間の地下トンネルは新規に建設された模様である。これにあわせて、205系10両編成12本(ケヨ1~12編成)が新製導入された。
開業当初のダイヤは以前の緩行運転主体のダイヤに変わって、快速列車主体のダイヤが組まれ、平日朝夕のラッシュ時には通勤快速も誕生した。また休日の快速列車は「マリンドリーム」(武蔵野線直通列車は「むさしのドリーム」)という愛称が与えられ、後述する2002年12月 1日のダイヤ改正までこのような状態が長らく続いた。
1991年3月16日
この日のダイヤ改正より、海浜幕張に快速列車が停車するようになる。
1993年12月 1日
この日のダイヤ改正より、休日にも新木場に快速列車が停車するようになる。
2000年3月31日
稲毛海岸~千葉みなと間にあった千葉貨物ターミナルが廃止される。今後、千葉県の貨物輸送は京葉臨海鉄道・千葉貨物駅へと集約されることとなった。
総武・中央緩行線より転属の201系
▲総武・中央緩行線より転属の201系
2000年8月 7日
この頃より、総武・中央緩行線にE231系および209系500番台が導入されたことによって余剰となった201系が塗装変更および転属整備等を受けて、京葉電車区(現・京葉車両センター)へ転属、営業入りする。
2000年12月 2日
この日のダイヤ改正より、平日のデータイム時(10~17時頃)に限り千葉みなとに快速列車が停車するようになる。
また稲毛海岸~千葉みなと間に新港信号所が新設され、貨物列車が京葉線内に乗り入れるようになる。従来の南流山~(常磐線経由)~金町~(新金線経由)~新小岩操~(総武線・外房線経由)~蘇我と迂回していたルートに変わって新設されたもので、これにより千葉貨物駅発着の貨物列車の所要時間が大幅に短縮された。
転属組の205系
▲転属組の205系
2002年3月15日
この頃より、山手線および総武・中央緩行線へE231系が導入されたことによって余剰となったいわゆる「普通顔」の205系がお目見えする。これらは京葉線全通時からのいわゆる「生え抜き」編成のような前面形状の変更はなされず、帯色変更や転属整備などを受けた程度で転入してきた。
2002年12月 1日
全線開業以来としては初の白紙ダイヤ改正がおこなわれた。
主に休日の快速列車の愛称として存在していた京葉線系統の「マリンドリーム」と武蔵野線系統の「むさしのドリーム」を廃止し、停車駅の統一化に重点が置かれた。また南船橋と千葉みなとに京葉快速が終日停車するようになったが、その反面海浜幕張で折り返す列車が大幅に増加され、同駅以東の列車は利用状況を反映させるという名目で削減された。
2004年10月16日
この日のダイヤ改正により、通勤快速が新木場に停車するようになる。
京葉線の将来を担うホープ・E331系
▲京葉線の将来を担うホープ・E331系
2005年12月10日
この日のダイヤ改正により、外房線・誉田行の快速列車が新たに設置されるようになる。
なお、このダイヤ改正までに京葉車両センター所属の103系すべてが淘汰され、線内が各地から転属してきた201系・205系に統一される。また行先表示幕が路線名が入った新しいものへと交換された。
2006年3月18日
この日のダイヤ改正により、線内限定運用の69運用にかわって95運用が誕生する。
2007年3月18日
この日のダイヤ改正より、長期的に試運転をおこなっていたE331系の量産先行車であるケヨAK1編成が休日95運用・694Yより営業運転を開始する。
なお、先述の2005年12月10日のダイヤ改正で設定された外房線・誉田行の快速列車が消滅、わずか1年と4ヶ月の短命に終わる。
赤帯を纏う209系500番台
▲赤帯を纏う209系500番台
2008年9月22日
この頃より、京浜東北線および根岸線へE233系が導入されたことによって余剰となっていた209系500番台4本(ケヨ31~34編成)が転属してくる。これにともない、201系4本が淘汰された。
2008年12月23日
2007年3月下旬より営業運転を離脱していたE331系ケヨAK1編成が営業運転に復帰する。
2010年3月10日
京葉線・東京~蘇我間が全区間開通してから20年が経過する。これにあわせて、209系および205系数編成に対してヘッドマークが取り付けられる(予定)。その他、各所においてイベントなどが開催される予定となっている。
京葉線向けE233系5000番台の第1編成が導入される(予定)。

停車駅の変遷

準備中


最終更新日:2010年3月 9日 23:37
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